久々に休みがとれ、家でゆっくりとしていた日。
今日はどこにも行かずに家でゆっくりとしましょう。というミーアの提案で、特に何をするでもなくソファーで寛いでいたのだけれど。
日頃の疲れからだろう。いつの間にか、うとうと、と眠ってしまっていたらしい。
「アスラン」
名を呼びながら肩を揺さぶられて、重い瞼をゆっくり持ち上げれば、そこには少しだけ申し訳なさそうに笑っているミーアの姿があった。
「ごめんね、アスラン。本当は、もっとゆっくり寝かせてあげたかったんだけど、夜眠れなくなっても困るでしょう?」
腰を屈めたせいで、さらり、と零れ落ちる長い髪を耳にかけ、彼女は俺の両手をとった。そうして、ぐいー、と力強く引っ張り、強制的に俺を立たせると、嬉しそうに彼女は笑った。
「お茶の準備が出来たの。今日のタルトは自信作よ!」
弾んだ声で言いながら、まだ寝起きでぼんやりとしている俺を見て、くすり、と笑みを零し、片方の手を繋いだままテーブルへ連れて行かれた。
椅子を引き、そこに座らせられ、ミーアは向かい側の椅子へと腰を下ろす。それら一連の動作を頭の片隅で認識し、俺は目の前にある冷めた紅茶のカップに手をかけ、飲み干す。
ぱちぱち、と瞬きを繰り返し、どうにかはっきりとしてきた頭で、ミーアに笑いかけると、彼女はとても可笑しそうに声にだして笑った。
「アスランって、ほんとう寝起き悪いわよね」
「ああ……そうかも。だって今は、前みたいに神経を尖らせておく必要はないし」
軽く笑って言ったのだけれど、彼女はその言葉に複雑そうな表情をみせた。
(しまった、何か言ってはいけないことを口にしただろうか)
どう誤魔化そうかと思いながら、口を開いた途端、予想外にもミーアは、ふわり、と笑った。
「なら、嬉しい」
「え?」
嬉しい、という言葉の意味がわからなくて、軽く首を傾げるが、その問いに答えてくれる気はないらしく、目の前に置いてあったイチゴタルトを切り分け、ティーコゼーで保温してあったティーポットを手にして空いているカップに紅茶を注いでゆく。
「あの、ミーア」
「なあに?」
こっちが拍子抜けしてしまうぐらい、あっさりと聞き返されて、次に言うべき言葉を失う。
「や、あの、」
「うん」
「……何が嬉しいのかって、聞いても?」
「アスランは、聞いてもいいか? ってことを聞いてるの? 何が嬉しいのか、じゃなく?」
くすくす、と楽しそうに笑うもんだから、なんだか居た堪れなくなってくる。そりゃあ、ミーア相手に口で勝てるとは思っていないけれど、何か悔しい。
「……良ければどちらも聞きたいんだけど?」
「そんなに遠慮しなくても、何が嬉しいんだ? って、素直に聞けばいいのに」
「それは、ミーアが、」
「あたしが、なに?」
じっ、と真っ直ぐに見つめられて、口を噤む。こんな風に見つめられるたび、どうにも落ち着かない気持ちになる。不本意ではあるけれど、軽く目を伏せて、紅茶の注がれたティーカップを見つめながら、ぽつり、と口にする。
「ミーアが、言いたくないように……見えた、から」
「……あたしのため?」
驚いた気配が、ひしひしと伝わってくる。今更ながらに自分の言葉が恥ずかしく思えて、頬に熱が集まってくるのを感じた。
「や、あの、ミーアのためって、そんなんじゃ……って、いや、言い辛そうにしてるのは、確かに気になったからミーアのことを思ってそう言ったわけだけど、でも結局はミーアのそんな表情を見たくない自分のため、っていうか」
言葉にすればするほど、どつぼにはまっていってる気がする。赤くなった顔を俯く以外の方法で隠すことなど出来ず、すっかりぬるくなってしまった紅茶に手をつける。
(あー、何やってるんだ、俺。ミーアもきっと呆れてる)
そんな思いから、恐る恐るミーアの表情を伺えば、そこには思ってもいなかった表情が、あって。目を見開いた。
「アスランって、ほーんと、おばかさんよね」
言葉とは裏腹に、優しくとろけるような、甘い微笑み。
「あたしが嬉しいって言ったのは、アスランが気を張らずに此処にいるってことに対して」
「……え?」
「安心、してくれてるんでしょう? こうして、あたしと一緒にいること」
「う。ま、まあ……」
「だから、寝起きが悪いのは困っちゃうけど……アスランの寝起きが悪いってことは、それよりもっと嬉しいことだったんだなーって」
「ミーア……」
そんな些細なことで、本当に、本当に、幸せそうな表情して笑うから。なんだかたまらなく、彼女が愛おしく思えた。
「……ミーアには、かなわないな」
「え?」
きょとんと小首を傾げる彼女に微笑を向け、もったいつけながらゆっくりと唇を動かした。
「君が好きだな、って、そう思ったんだよ」
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