叶うならずっと、二人が笑顔でありますように。
「笙子ちゃんが、足りない〜」
何かある度に訪れるカフェのテーブルに突っ伏して、香穂子が嘆いた。いつもなら、ぱくりと平らげてしまうケーキが綺麗な形で残ったまま、紅茶のカップにも口がつけられていない。
あの可愛い後輩と少し会えないだけで、この有様だ。
やれやれと息を吐き出し、手元のカップに口をつける間にも香穂子の呟きは続く。代わり映えのしない言葉たち相手には、いつの間にか相槌も疎かになってしまっていたらしい。
「ねえ、菜美聞いてる?」
ぷっくりと膨らんだ頬を見て、思わず笑ってしまった。
「そりゃあもう、最初っからずーっとね」
うう、と唸る香穂子はどこかしら不満そうだ。
「まあ、香穂子の気持ちもわからないでもないけどさ、冬海ちゃん、オケ部の練習なんでしょ? 仕方ないじゃない」
「それは……わかってるんだけど、最近ちゃんと会えてない気がして」
「オケ部にも入ったばっかりで色々大変なんでしょ。あんたがわかってあげなくてどうすんの」
少し強く言えば、しゅんとわかりやすく落ち込んだ。まったく、世話がやけるったら。
「もう! あんたがそんなに落ち込んでちゃ駄目でしょうが。香穂子が寂しいっていうなら、冬海ちゃんだってそう思ってるんじゃないの?」
と、言った途端に香穂子は動きを止め、まじまじと私を見てから、ふにゃりと表情を崩した。いや、崩れていった。
「そう、かなあ?」
そうだと良いなあ、と目元を和ませ、今まで置きっぱなしだったフォークを手にとり、ケーキを一口頬張る。
「おいしい〜」
フォークに刺されたケーキが、ぱくぱくと口に運ばれてゆき、あっという間にお皿の上は空になってしまった。
もしかしたら、香穂子の気分と食欲は、直結しているのかもしれない。少々呆れて眺めている間に、香穂子は冷めてしまった紅茶をも飲み干していく。
ごちそうさま、と香穂子が手を合わせるのを見届けてから、私も残っていたコーヒーを飲み干し、ほうと息を吐く。
『笙子ちゃんが、足りない〜』
そんな風にぼやいていた言葉を聞く限り、何の解決にもなっていないと思うのだが、香穂子の中ではうまく処理された、らしい。
ただ単に、話を聞いて欲しかっただけなのか、想っているのは自分だけじゃないと思えたからなのか、そこのところは定かではないけれど。
「じゃあ、今日早速オケ部が終わる頃に……!」
ぐ、と握り拳を作っての宣言に、やれやれ、と口には出さず心の中で呟いた。
「……オケ部での友達付き合いとかあるだろうから、帰りに待ち伏せするのは、あんまりおすすめしないけど」
ほら、最初が肝心でしょ。何事も。
そう言えば、香穂子は、え、という唇の形を維持したまま固まった。どうやら出鼻を挫いてしまったらしい。しょんぼりと項垂れる香穂子を見て、無造作に後頭部をかくと、どうしようかと思考を巡らせる。
「あ、でもさ。終わる頃に、お疲れさま、ってメール送るぐらいしてもいいんじゃ、」
「そうする」
言い終える前に即答し、早速携帯を取り出す姿に呆れ半分。
あとの半分は……安堵、だろうか。
冬海ちゃんのことになると、途端に周りが見えなくなる香穂子がほんの少し心配で、でもこの子たちならきっと大丈夫だという思いもある。
頑張れ、と内心でエールを送りながら、こんな感じなら大丈夫かなあ? と差し出された携帯画面を苦笑しながら覗き込んだ。
香穂子の想う心が反映された文面が、くすぐったい。
でも、これを読んだ冬海ちゃんが、ふと微笑む表情がありありと想像出来て、何だかいいなあ、と思えた。ぽっ、とあたたかくなった心で、呼吸と一緒に笑みをこぼす。
「……いいんじゃない?」
「ほんと!?」
嬉しそうな香穂子の笑顔を見て、私まで嬉しくなる。
ずっと、こんな風に続いていけばいい。
明日も、その先も、ずっとずっと。
そのためなら、愚痴でも惚気にでも付き合ってあげる――なんて、ね。
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