顔を突き合わせては、いつものやりとり。
 望んだのは――変化か、不変か。






 下らない口喧嘩の末、つまらなそうに背を向けた支倉を見て、咄嗟に手首を掴んだ。
「あ、」
 まず、引き止めた自分の行動に驚き、次いで支倉の体温の低さに動揺し、手首の細さには、どきりとした。なんというか、不可抗力だ。
 口喧嘩をしてはうまくやり込められるのが常である為、時折コイツが女だという事実を忘れてしまいそうになるが、厄介なことにその都度、実は良い女でもある、という認めたくない事実をも思い起こしてしまうのだった。
 それも無意識に。だからこそ、タチが悪い。

「なんだ?」
 じろり、と見上げられ、思わず支倉の眼差しから逃げだした。
 『なんだ?』なんて、そんなものは此方の方がよほど聞きたい。まあ、オレの心の平穏を思いやるなら、聞くだけで答えを知りたいとは微塵も思わないのだけど。
「なっ、なんでもねぇよ!」
 慌てて手を離す。
 引き止めたのは自分であるとわかってはいても、それ以上の言葉は出てこなかった。
 いつもと同じく適当な言葉を並べればいいと思うものの、それらしい台詞の一つも浮かんでこない。声にさえ、なってはくれない。
 噤んだ唇を歪め、先ほど支倉の手首を掴んだその手で、ぐしゃぐしゃと髪をかきまぜる。彼女の体温も、手首の細さも、今の状況もまるごと全部、忘れてなかったことにしたかった。

「ふうん?」
 納得したような、していないような声が聞こえ、ぎくと肩を強張らせる。
 目線を走らせた先で、支倉は静かに笑っていた。持ち上げられた口角は、何か良からぬことを考えているようにしか見えない。
 いっそ清々しいほど嫌な予感しかせず、今度は自ら彼女に背を向けることにした。
「引き止めて悪かったな!」
 そうして、興味を失くした支倉が、今度こそ此処から去ってくれるのを望んでいたというのに……何故か、本当に何故か、オレの肩はあのひやりとした手で掴まれていた。
 驚き、縮んだ心臓を抱えて振り返れば、支倉の手が、つつつ、ともったいぶるように下へ降りてゆく。布地を進み、むき出しになった肘に触れ、手首を通り過ぎた後、指と指の間に冷たい指先が滑り込んでくる。
「なっ!」
 ぞくりと肌が粟立った。
 振り払おうとした手は、既に支倉の指によってしっかりと握りこまれている。逃げられない。
 彼女の目が、間近でやんわりと細められる。傾げられた首のせいで、長い髪が肩からさらさらと落ちていった。不覚にも、その様に一瞬目を奪われる。畜生!

「どうした? 手を繋ぎたかったんじゃないのか?」

 にぃ、と含みのある笑みを見て、はっと我に返った。
 誰もそんなことは言っていない! と、勢いのまま口にしようとして、言いよどむ。確かに、そんなことを言ってはいない。
 だが、先ほど彼女の手首を掴んだ“自分”が、耳の奥でそっと問いかけてきたのだ。本当に、一度も、欠片も思ったことはないのか、と。そうなれば、言葉など丸呑みするしかない。
 非常に残念なことに――答えは “否” だった。
 黙りこんだオレを見て、支倉が更に笑みを深める。

「本当に、仕方のない奴だな」

 素直じゃない、と呟かれ、お前に言われたくはない、と返しながら、つい先程までは振り払おうとしていた冷たい手を、逆に握りこんだ。
 今度は最初から逃げるような真似はせず、まじまじと見つめてくる深い瞳を見つめ返す。彼女の瞳の中に驚きの色を見つけたが、素知らぬふりをした。

「……ああ、そうだな」
 小さな笑みと共に、紡がれる肯定。
「私も、お前に“だけ”は言われたくない」
「うるせーよ」
 ふふ、と小さな笑みに紛れたものを、そっと拾う。
 ようやく戻ってきた感覚。いつもの、他愛のないやりとり。
 だけど、ただ一つ違うとすれば それは――。



 冷たかった手が、徐々にあたたかくなっていく。
 それはどこかくすぐったい感情を連れて心の内に留まるので“気味が悪い”と支倉に言われるまで、自分が笑っていることには気づけなかった。






小さな芽生え
( 無意識ほど、怖いものはない )
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前回が前回だったので、二人だけにしてみた(^ω^) 振り回される響也好きだ。でも、自分で思うより響也のことが好きみたいなので、どうも報われて欲しい気持ちが出てくるようです。いちょいちょしてればいいじゃない^▽^ でも、こうなるとニアの行動&態度に慣れまくって「おい、仁亜!ったくしょうがない奴だな…まあ、いいけどよ」ぐらい言っちゃう響也が書きたい。ハアハア。響也の支倉呼びがとても好きなんだが、名前で呼ぶ時は、「ニア」より「仁亜」って呼んで欲しい^p^ 妙なこだわりが。仁亜響仁亜もっと増えろ!!\(^o^)/ そういや、プレイ後ぐらいに描いたらしい響→(←)ニアっぽい告白まんがもどきの下書きが出てきたので、完成出来たらいいなー。ネタだけはあるんだ。ネタだけは…。

10.07.04

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