もう、解放してやれそうに ない。






「本当に恐がってるのは、慎吾サンの方だよね」

 やんわりと細められた目で射抜かれる。
 侮蔑も憐れみも含まれていないそれに感じたのは、居心地の悪さ。そこに、ほんの少しでも責めるような色が含まれていたならば、どうとでも返すことが出来たのに、と眉を顰める。口先だけの言葉でも、この関係を終わらせる言葉でも、それこそ何だって言えた。
 だというのに、この唇から零れたのは、情けなくも溜息交じりの肯定だけだった。

「……ああ、恐いよ」
 自身の心の内を暴かれた、というのは大袈裟であっても、それが間違いではないのだから、きっと俺はこんなにも動揺しているのだろう。
 言い訳とか、言い逃れとか、浮かばなかったわけじゃない。
 それでも、彼の言うところの“本当”を口にしたのは、否定したところで彼が知ってしまっているのなら、なんら意味のない行為であるとわかってしまったからだ。
「慎吾サンはいつも、余計なことまで考えるね」
「そりゃあ、俺はお前より年上だからな」
 人生はいつだって予想外の展開になる。利央相手ならば、尚更だ。
 だったら、この不確かな関係や繋がっていく未来を憂い、先の先まで考えて行動するのは、別に罪ではないだろう。こいつは年下なわけだし、俺の肩には責任という二文字が知らずとも圧し掛かってくる。それに、良き先輩として、この可愛い子をもっと別の道へ導いてやれなかったのかと、そう思わないこともないのだから。

「そうやって、逃げ道を作るの?」
 痛い言葉だ。反論出来ない。
「ああ、そうだ」
 利央の表情は変わらず、俺の言葉を待っていた。
「あって困ることなんて、ない。むしろ俺たちには必要だろう? 行き止まりになった後で、お前に泣かれて……困るのは、俺だ」
 俺は何も間違ったことなんて言っていないはずだ、と自身の言葉を反芻してみたところで、笑みの含んだ声が届いた。

「馬鹿だね、慎吾サン」

「ああ?」
「オレはもう、とっくに覚悟を決めたよ」
 そうして、頑なな心を抉じ開ける。
「だからその逃げ道は、もう慎吾サンのため“だけ”のものだ」
 ゆうるりと唇が弧を描いた。隙間からのぞいた白い歯が、語りかけてくる。
 俺は、答えられないままだ。


「ねえ、どうするの?」


 ただ、俺の考えを訊く行為に覚える戸惑いは、彼に向けてのものであってはならない。
 だから、俺は――咽喉まで出かかった言葉をのみこんで、利央の身体を引き寄せた。
 自分より身長が高い彼を抱き込むことが出来ないのは心残りだが、仕方ない。俺が好きになったのは、利央という存在そのものなのだから。

「本当に……こわいやつだよ、お前は」
「でも、好きでしょ?」

 笑みさえ零し、どこまでも楽しげに問いかけてくる利央の唇を、思いきり塞いでやった。
 頷き、認めるのは、それからでも遅くはない。俺が必死で隠しておいてやった独占欲を、ゆっくりと思い知ればいいさ。



 お前のいう覚悟が嘘じゃないってこと、どうか証明してみせて。






退路を断つ
( それじゃあ、最期の瞬間までお付き合い下さいな 愛しいひと )
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島→利が多かったので、利央を積極的にしよう!と思ったところまではいいものの道を誤りました。なぜこうなった\(^o^)/ でもなんか、島利は、慎吾が積極的な時は利央が引いて、利央が積極的な時は慎吾が引いちゃうイメージ。距離感を崩すのは本意ではないというか、その方が居心地がいいというか、何というか。うん。でも一旦その距離が壊れると、あとは…ってな二人でもあると思う。笑

10.05.22

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